花の詩と墨書
 
 
 
椿
木    田    華    子
私は、椿の花が好きだ                                
散り方が良い
花びらをほどかず
咲いたままの形で
地に落ちる
 
厳冬から
花首を守り支えた枝は
子離れの上手な親のように                
思い切りよく花を解き放つ
 
一輪で存在感のある物が
はらはら散るのは未練がましい
花の形のまま終焉を迎え
共に咲いた花びら同士が
かたまって土と同化する様は好きだ
 
 
 
さくら草
木    田    華    子
厳冬の土は固く
シャベルの一堀すら受けつけないのに
春の新芽はいつの間にか地上にある
三月初頭に芽吹く日本桜草は                    
特にはかなげで
残雪や霜柱から
守ってやらねばと言う気にさせられるが
人間も寒がって
外に出るのを渋っているうち
彼らはしっかり身支度を整え
四月には
ピンクの花弁が春風に揺れている    
 
 
菜の花
木    田    華    子
いちめんの菜の花畑は
もうどこにも見られないけれど
“いちめんのなのはな”が (注)
日常的な風景顔で
そこら中に満ちていた時代を
共に生きた同級生はまだ健在だ                
 
いちめんの菜の花畑を    
通学途中に眺めていた時は
口を利くことがなかった男子生徒たちと                    
40年ぶりに会って
初めて交わした会話の種は
『いちめんの菜の花』だった                                            
 
注:『風景』    山村暮鳥より
 ーいちめんのなのはなーのリフレインで知られた詩
 
 
すずらん
木    田    華    子
スズランの小さな花束を    
髪飾りにして
晴れやかな結婚式に臨んだ            
イギリスの皇妃ダイアナ
あでやかな中に見え隠れした可憐さを                    
世界の人々は愛した
 
スズランは
人に危険な毒を身の内に秘めている
花や葉を口に触れてはいけない                        
外見の可憐さに惹かれた
衝動的な行為は                                    
悲劇を招く
 
 
朝顔
木    田    華    子
青いラッパ                    
赤いラッパ
蔓に鈴なり朝顔ラッパ
 
清々しい朝
フワフワの花びらを広げて                            
ニコニコ顔の色の音楽会
                                                
音の出ないラッパだったのに
大人になった今聞こえる
『あの頃は良かったわね』
という合奏が
 
 
 
枯れ葉
木    田    華    子
『蝶が飛んでいる』と
目を凝らすと
茶色の木の葉が着地した   
葉の端が少しめくれた        
幼児の掌くらいの葉が一枚   
かすかな空気の揺らぎに乗って
 クロール、平泳ぎ、背泳を見せたかな
 
落下するまでの
五秒くらいの時間に
様々な表情を見せる木の葉
雀かしらと思う日もある
葉っぱ一枚ですら
地上との別れは
こんなに未練がましく逝くのだ
 
 
ク チ ナ シ
木    田    華    子
クチナシの花は
しとしと降る
梅雨時の雨が似合う
ビロードのような
真っ白な花弁から
透明な雨粒が
コロコロと楽しげに地に落ちる
 
濃い香りも
湿った空気に絡んで流れてくる
だから、クチナシとの出会いは
雨の日の記憶    
 
 
黒 百 合
木    田    華    子
南アルプス白馬岳のお花畑で
見つけたクロユリの花
  
夏休みの自由研究に
植物採集を選び
高山植物を採集していた
クロユリはすでに貴重な種で
採取することは、はばかれた
文字どおり目に焼き付ける
        
カメラが恵まれた人しか持てない頃
人の記憶は最大に使われた
 
 
鳳 仙 花
木    田    華    子
官舎の広い庭の一隅に
びっしり植えられたほうせん花の群れ
官舎に住む若い叔母が
鳳仙花の花びらは
爪をピンクに染められると教えてくれた
 
次々と花びらを摘んで
もみだした汁を爪に塗った
爪は染まったとも思えなかったが
久しぶりに会った叔母のために
嬉しい振りをしていた
 
それより印象的だったのは
畑にあるように植えられた花のさま
子供心にも奇異なものに思えた
戦後しばらくは
こんな不思議は至る所にあった  
 
 
チューリップ
木    田    華    子
幼児が描くチューリップ
三つの山と半円で成り立つ花の形
半世紀前の私の図画にも
その足跡を見るが
日本の子供たちの『お絵描きごっこ』は
チューリップから始まると言えないか?
 
一筆書きのようなこの花の姿                 
桜の花びらと並んで
携帯電話の絵文字にも組み込まれている
十七世紀のヨーロッパ経済を混乱に陥れた
チューリップ事件など我関せずと涼しげな顔で
何時からか当然のように
この外来種は
日本の文化に深く溶け込んでいるのよね 
 
 
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